20代身の丈のシゴトづくり「28歳で自然教育の専門家」へ

2020.01.28 (火)

天職塾をはじめて10年。この間、おかげさまで2000人を超える方の働き方モヤモヤ相談、500人強のシゴトづくりサポート、77人の身の丈起業家を輩出させていただきました。77人一人ひとりには人生ドラマがあります。この記事ではそのうちの一人を取り上げて、起業に至るまでのプロセスを対談インタビューと成功者の共通点でまとめています。シゴトづくり、ひいてはこれから働き方の方向づけに役立ててください。

今につながる子供の頃からずっと思い続けてきたコト

小学生の頃は普通に生き物好きで飼育委員もやっていた。動物奇想天外という番組で動物学者の千石先生を知った。自分が好きな生き物を研究して人に伝えていく仕事をしていることに感銘を受けた。こういう働き方があるんだ。千石先生みたいな人になりたいと思った。

 
中学に入ると、人並みにゲームをやり始めたりして、昆虫採集といったものから離れていった。中学2年の頃、部屋の中にアオドウガネが入ってきた。ブンブン光へ向かって飛んでいた。自分にぶつかってきそうな感じがして怖かった。何回かそういうことがあった。ある時、冷静になってその様子を見てみた。「光にタックルしているだけなのに、何で怖いと感じるんだろう・・・」さらに眺めていると光へ向かって飛んでいくのにパターンがあることに気づいた。一定の法則性のようなものだ。

 
このことをきっかけに昆虫の動きのパターンが読めるようになった。そういうことがわかるとたのしくなった。生物学って面白い!将来はその道で進んでみたいと思うキッカケになった。「現象には必ず理由がある」のちになって放送されたテレビ番組のフレーズが考え方の基盤になった。

 
高校に入り生物の授業が始まった。他の教科は普通だったが、なぜか生物の時間だけは本当に頭に入ってきた。一回聴いたら忘れることはない。学年で1位か2位の成績を取り続けた。その頃やっていた動物行動学者のドラマにハマった。主人公が専門する学問が天敵利用学といって、てんとう虫を使ってアブラムシを駆除するという類のものだった。当時はまだ知られていない分野で昆虫を人の役に立てられるということにおもしろさを感じた。

 
この研究がやリたいと思った。てんとう虫の研究ができる大学を探して進学した。大学入試は面接プラス生物のみ。これならいけそうと思った。入試前、高校の部活で自分がやっている実験がこれでいいのかをオープンキャンパスで質問しに行った。すると入試面接の試験官がその時質問した先生だった。先生は質問したことを覚えていてくれた。部活の顧問でもあり、今でもお世話になっている。

 
大学では生物資源学を専門にした。生物を人の暮らしに活用していこうという学問だ。研究者になりたいという気持ちとそれを伝える教員になるという道を模索した。研究者はやりたいようにやるには道が狭く難しい世界。そんな中、自然解説員という仕事があることを知った。自分のやりたい分野を研究しながら研究成果を人に伝えることができる。やりたかった二つの要素が同時にできる。これはいい仕事と感じた。大学院も受かっていたが、たまたま出た募集に応募し内定をもらった。

 

組織の実際を知る

実際に就職した。目指す目標はほぼ同じだがとっている手段が考えているものとは違っていた。給料面も安く続けていくのは難しかった。業界は同じ他社として公園管理の会社に転職した。公園管理をしながら普段の仕事やイベントの中で解説ができる仕事だ。やりたい分野を応援してくれる上司もいた。自治体のボランティア養成の仕事もやらせてもらった。そのことが評価され契約社員から正社員に登用された。

 
ところがここで風向きが変わることになる。上司が変わり業務方針まで大きく変わった。「今までやっていたことはもういいから、お前をこっちをやればいい」決めつけられた感じだった。今まで一生懸命にやってきたのに、上司が変わるだけで風向きがぜんぜん変わる。何で?どういうこと?組織の中で仕事をすることに疑問を感じるようになった。

 
組織とはこういうものなんだとうまくやり過ごすのか、やりたい仕事ができる方向性を模索するのか、二つの選択肢だった。迷っているとき沖縄旅行に行った。行った先の博物館で千石先生の本を売っていた。その本は千石先生が病床で綴ったものだった。残された命の中、最後の最後まで伝えたいという強い気持ちが書かれていた。命の時間は短いけどその中でもできることをやろう!そんな強い思いを感じた。自分は生きている。やりたいことがあるのならそれに進むべき、そう決心した。

 

自分がやれるだけやってみる

転職するのか起業を目指すのか。もし転職したら、前の会社のように入ってみないとわからないしリスクがある。であれば自分でやれるだけやってみよう。もし失敗したら会社勤めに戻ればいい。起業への道を歩むことにした。とはいえ自分の能力がどこまであるのかがわからない。まずリサーチする1年にしようと決めた。自分一人で仕事をつくり出すことがどこまでできるのかを試してみようと思った。

 
まず実際に起業した人たちに話を聴きに行った。「こんなことを考えているけどどう思う?」質問しに行った。すると「やりたいんだったら紹介するよ」とみんな応援してくれた。そんな中から仕事が生まれていった。会社の先輩や同僚は否定的になるので訊こうとは思わなかった。大変だからやめておけとか、起業していけるのは特別な人だけという答えが返ってくるとしか思えなかった。やったことがない人よりやったことがある人の方が絶対実のあるものになると思った。こうして動いていると仕事がとれるようになった。足りない部分をバイトしながらとりあえずやっていけるかもと思った。そこで退職することを決めた。

 
仕事を取れる感触は少し得たが、ビジネスとして一からつくり上げていく経験はなかった。運営はどうしたらいいか?商品はどうやってつくるのか?もっと勉強したいと思った。いろんな起業本を読み漁った。そんな中、三宅さんの本に出会った。まずは働き方モヤモヤ相談、そして入会した。

 
起業系セミナーや団体は他にもいろんなものがあった。自分がやろうとしている分野は一般的なものではない。どういうことがしたいのか理解してもらうまでに時間が掛かる。あちこち行くより一ヶ所に絞って頻度高く接点を持った方がいいと考えた。ここでガッツリやろうと決めた。初めて参加したグループワークで「こういうことをやろうと思っている」と話すと先輩メンバーから「それなら可能性のあるところを紹介するよ」と声を掛けてもらった。起業していくとはご縁から生まれるものなんだと実感した。 

 
入会して8ヶ月後には本稼働することを決めていた。そのためにビジネスのつくり方と人のつながりをつくること。この二つを目的に活動をスタートした。最初は林間学校の外部講師をする傍らで、イベント出展と自主開催の観察イベントをトライし始めた。

 

事業のもとになった3つのご縁

イベント出展は、天職塾の講座に参加したとき、その場にいた一人のメンバーから「ビジネスになるか否かはわからないけど出展できるイベントがあるよ」と紹介をされたことがきっかけだった。フリーマーケット的な小さなものだった。そこでイベント出展のノウハウを身につけた。別の場に参加したとき大手百貨店のイベント出展する機会を得た。昆虫標本のワークショップだった。参加していただいた熱心な方が近隣の学童保育でイベント企画しているから紹介しますと言ってくれた。このことを発端に生き物教室ができ上がっていった。今ではビジネスの大きな一つの柱になっている。

 
天職塾の別のイベントでのこと。その中で立ち話をしたメンバーから「そういう仕事だったらカルチャーセンターで講師をやってみたら?」と言ってもらった。カルチャーセンターで講師をするという道があるなんて全く知らなかった。幅が広がるかもと思い、早速応募し採用されることになった。その講座の広報先を探しているとき、とある野外教育指導員を養成している会社を見つけた。

 
話をしに行くと「それならうちでも講師をやってみませんか?」と声がけをいただいた。ここでスタートしたのが危険生物対策講座だった。講座をやり始めるとこれが大盛況になり、各地から依頼をいただくようになった。これが後になって二つ目の事業の柱に成長することになる。その後、この会社を通じて海外進出や事業パートナーとつながることへと広がっていくことになる。

 
別の機会に先輩メンバーから、とある山系の情報発信サイトを紹介してもらった。そこではコラムの連載や監修をすることになった。コラムを見つけたテレビ番組制作担当者から出演オファーをもらった。いきなり1時間枠生出演という大きなものだった。その後もメイン局から連続して危険生物の解説インタビューとして出演オファーをいただいた。自社サイトからもドラマ制作会社から協力依頼をいただき現在も続いている。メディア系はWEBから来ることを学び、検索されやすいようなページもつくり対策を講じている。メディアはお金ではなく評価をつくってくれるものとして重要視している。

 

この3つに共通することがある。それは全て天職塾メンバーからもらった応援メッセージをもとに始まっているということだ。あの時あの場所にいなかったらこのご縁はなかった。ご縁がなければ今やっているシゴトは存在しなかった。そう思うと怖いくらいだ。目の前にチャンスがあると思ったら、今はまだ・・・ではなくとにかくやってみようと動くこと。その重要性を体感している。

 

動いてタネをつくり、拾いに行く「わらしべ長者」

ただ家にいて作業をしているよりも、一人でも多くの人に出会うことで仕事が生まれる。いつかそれが大きなものになるかもしれない。そう思って動いた。講演に行った先で講演依頼をもらう、講座をやったことで海外へ行くチャンスを得るなど続いていった。これまでほぼ100%人のご縁でシゴトが生まれてきていた。場に行かないことが怖いくらいになったときもあった。

 
出会いの一つひとつが直接的ではないけどその後ろにいるどこかでつながるかもしれない。シゴトのタネはいろんなところへ落ちていると思う。タネをいくつつくれるのか。どれだけ動いてそのタネを拾いに行けるかが大事。シゴトがシゴトを生むのだと思う。いつの日からかこれを「わらしべ」と呼んでいる。

 
駆け出しの頃、起業しようという人たちとチームをつくってイベントを開催した。集客的には決して成功とは言えなかった。でもここで出会った人とは勉強させてもらったり手伝ってもらったり今もつながりが継続している。短期的には失敗に見えることも長期的には成功につながると思う。

 
これまで苦労を苦労と感じたことはあまりない。今の課題としては土日にシゴトが集中するというものがある。お客さまとしてやむを得ないところもあるが、おかげさまで8ヶ月先まで予定はいっぱいの状態だ。平日へのシフトができることも考えていきたい。

 
この業界はなかなかお金になりにくい傾向がある。自治体や公共事業で請け負ってやるのが主流で一般の人を集めていくのが難しい。そんな中、学問としてやりたいという気持ちが「習い事」として成立していった。切り口をどう定めるかでシゴトはつくっていけると思う。

 
これからはどこまでいけるのか正直まだわかっていない。人を雇って大きくするより、今の体制での方向づけを模索している。みんなが生き物に対して正しい理解をしてもらえる世の中をつくることはずっと変わらないゴール。これからも邁進したい。

 

起業して良かったこと

まずはやりたいことがやれるというのが一番。もちろんそのウラにはやることをやらないとモノにはならないというリスクをはらんでいる。シゴトをする場所が選べるというのも起業の特権だ。打ち合わせはファミレスやイケアのレストラン、お昼前からのんびり打ち合わせをスタート、ランチしてホームセンターで買い出ししてシゴト終了なんてこともある。サラリーマン時代にはどれだけ時間に拘束されていたんだろうと実感している。

 

天職デザイナー三宅哲之が視た成功者の共通点

子供の頃の原体験を思い出してみる

何をシゴトにしたらいいのか?自分に何ができるのか?さらにいうと自分は何に軸足を置いたらいいのか?自分でシゴトをつくろうと思ったとき、多くの人が最初にあたるカベです。西海さんの場合は生き物という明確な軸がありました。子供の頃からずっと思い続けてきたことでした。ここまで明確なものがなくても大丈夫です。子供の頃の原体験を引っ張っているものです。自分の「根っこ」になっていたりします。

 
僕の場合は内向的で大人しい子供でした。「この子は社交的じゃないからね」と言われることがイヤでしょうがありませんでした。自分のことをわかってくれる人とつながりたいという気持ちが強くあることに気づきました。それが自分のコミュニティをつくるというところにつながっています。あなたの根っこにある原体験は何ですか?振り返ってみてください。

 

自ら環境を変えて、サラリーマン脳から起業家脳へ変換していく

起業していく上で最初にやってほしいことは「環境づくり」です。環境とは自分の周りにいる人のことです。人は周囲の環境でつくられていきます。環境が人を変えます。前向きな人の中にいたらだんだんと前向きになっていき、後向きなことを言っている人の中にいたら後向きなことばかり言うようになります。環境が思考をつくり、思考が言葉になり、言葉が習慣をつくっていくからです。

 
サラリーマンをやっていると知らず知らずのうちにサラリーマン的思考が身についていきます。これをサラリーマン脳と呼びます。それに対し、起業家の思考や行動パターンを起業家脳と言います。例えば、時間がなくてやりたいことができないという状態にいたとします。サラリーマン脳だと「時間がないからできない」と考えてしまいます。起業家脳だと「どうすれば時間がつくり出せるだろうか?」と考えます。新しいことを始めるとき、サラリーマン脳なら「完璧な準備ができないと次に進めない」となります。起業家脳なら「大まかにできたらとりあえずやってみる」となります。

 
「やったことがない人よりやったことがある人の方が絶対実のあるものになると思った」西海さんがこれから起業へ向けて進もうと思ったときに考えたことです。サラリーマンのまわりにはサラリーマンしかいません。雇われでやっている人に自分で事業をつくる話を相談しても身になる話は出てきません。「そんなので商売になるの?」「うまくいかないと思う」「リスクを冒すなんてやめておけよ」ネガティブな反応が返ってくるのが関の山です。

 
相談相手は自分と同じように起業を志している人です。同じ目標をもっていると自分事として受け止めることができます。そして「どうすれば良くなるか」という視点で相談に乗ってくれます。同じ志の仲間をつくりましょう。環境を変える一歩を踏み出すことができます。

 

人との関係性は、たった一度や二度会うことでは育たない

「あちこち行くより一ヶ所に絞って頻度高く接点を持った方がいい」西海さんは言います。天職塾の人のつながりから大半のシゴトをつくっていきました。起業へ向け動き始めると人脈を広げないといけないと考えます。名刺交換の数だけ人脈が広がると考えてしまいます。そのためにいろんなところに顔を出してみたくなります。

 
でもここで少し立ち止まってみてください。たった一度や二度会った程度で相手のことがわかりますか?自分のことをわかってもらえると思いますか?そんなことはありませんよね。人の関係性は何度も頻度高く接点をもつことではじめてでき上がっていくものです。実際、異業種交流会などで知り合った人がその後もずっとつながっていく例はほとんどありません。数は少なくても、この人かもとちゃんと話した人とのつながりの方が将来へつながっていきます。

 
まずは自分の「ホームグラウンド」になる場をつくることです。この場に行けば相手のことも自分のことも知り合う人がたくさんいる。その人が何ができるのかより重要なものがあります。それは、どんな人柄なのか?どんな思いでシゴトをしているのか?何を大切にしているのか?です。そしてお互いがお互いのことを気にかけてあげられる関係になることです。人となりがあってのシゴトです。そのことが共有できる仲間づくりをしていきましょう。

 

メディアはお金よりも評価をつくるもの

西海さんが飛躍へのステップを踏んだキッカケにメディア出演があります。当時ニュースになった「危険生物対策の専門家」として数局を連鎖してテレビ出演しました。テレビ出演した、新聞に掲載されたなんて聞くとすごいことのように思えます。自分も周囲にチヤホヤされ浮かれてしまいます。西海さんは決してそのようなことはありませんでした。メディアをどう活用するかに視点を置きました。

 
メディアに出たら有名になって瞬く間に売上が上がると思っているかもしれません。実際はそんなことはありません。もちろんそのことを機会に仕事が舞い込んでくることはあります。でもそれは一過性のものでしかありません。シゴトは継続的にできてこそ本物です。メディアに取り上げてもらうことで自身の評価を積み上げていく。一喜一憂せず、どういう目的で取り組んでいくのかに意識を置くこと。覚えておきましょう。

 

ご縁を大切にすることを本当に実践する姿勢

ご縁が大事とはよく言われることです。理屈ではわかっていることでしょう。でも実際にご縁を大切にするとはどういうことなのでしょう?「その人にとっては大したことではないと言うけど、僕にとってはすごく大きいものでした」「この人との出会いは大きかったです」西海さんの話に何度も出てくるフレーズです。もしかしたら相手は忘れていることかもしれません。

 
それを西海さんはずっと覚えているのです。そのことを口にします。ご縁をシゴトにするには何をしたらいいのでしょうか?それはつながりのあった人を大切に思うことです。そして出会いの一つひとつを大切にすることです。事業がうまくいき始めると、それまでお世話になった人のことを忘れてしまいがちです。自分一人で現在に至ったと勘違いしてしまいます。そうではなく、今自分がここにあるのは、あの時のあの人との出会いがあったから・・・といつも心に留めておくこと。そんな姿勢が小さなタネを大きな収穫へのつなげていきます。

 

編集後記

西海さんと最初に会ったのはモヤモヤ相談の場。「僕はこの道でやっていきたい!」相談者の9割以上が漠然と何をしたらいいかわからないという中にあって明確にやることを決めていました。物語の中にもある通り、定例会の場では自分がもつアイデアを広げるためにグループワークを活用していました。トライアルは格好の実績づくりの場としていろいろな試みやコラボをしてきました。

 
また普通は他のところへも足を広げてつながりをつくるケースが多い中、西海さんは天職塾の中だけで深くつながりをつくり広めていきました。「ビジネスはわらしべ長者」は彼がつくった名言です。言葉は良くなりですが、会員サービスを使い倒してここまで来たという感じ。会員活動のお手本のような存在です。やっぱり貪欲という言葉がぴったりですね。生き物の話になると我を忘れて熱っぽく話をしてくれます。この熱中度がシゴトづくりには必須なんですね。来年にはアメリカにも進出するという話をきいています。留まるところを知らない30代前半。西海さんの飛躍から目を離せません。

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