サラリーマンと起業家のちがいを知って見える景色を変えてみる

2017.10.23 (月)

「サラリーマンと独立起業家のちがいって何ですか?」「独立起業すると毎日はどんなふうに変わるのですか?」こんな質問をよく受ける。両者の違いにはいろいろな視点がある。いくつか共有してみたい。

 

自分で決めるか決めないか

サラリーマンは雇われ。出世したとしても何かしらの制約がある。どこまでいっても自分のやりたいことをやりたいようにはできない。何かやるには上司や会社の承諾が必要になる。お金も会社のお金。承諾さえ得ればお金の心配は要らない。もしうまくいかなかったとしても大きな問題にはならない。最悪降格とかはあるかもしれないが。

 

起業家は自分がやると決めたら今すぐにでも行動に移すことができる。だれとどこでどうやってやるかも自分で決められる。人と話したり歩いていてアイディアを思いつく。その場でメールする。すぐにホームページをアップデートする。人に会いにいく。すぐさま実行に移すことができる。お金ももちろん自分の持ち分だ。自分の算段で即決する。その代わりうまくいかなかったらそのまま自分に跳ね返ってくる。

 

投資という視点があるか否か

例えばメルカリで物販してキャッシュができたとする。じゃあそれで何かを身の回りで買物してしまうのと、それを元手に次やることに使おうとすることの違い。儲かったらそのつどお金を使ってしまうのがサラリーマン。儲かったら仕組みをつくったり、上のレベルにいくためにお金を使うのが起業家。

 

「お金で時間を買う」という発想がある。自分ですべてのことをやればお金は掛からない。でもその分、他のことはできなくなる。例えばホームページに項目を追加したいとき。時間を掛ければ自分でできる作業。それを自分でやるのか外注するのか?この違いだ。

 

自分でやろうとしたらそれ以上の成長はない。今より上のレベルを狙うのなら「この作業はお金を払ってでも外注しよう。その代わり捻出した時間で新しい事に取り組もう」という発想をもつことが必要だ。

 

オンとオフがあるか否か

サラリーマンはウイークデーは会社に通う。朝から夜まで会社で仕事。夜遅くに開放されて疲れ果てて家路につく。そんな平日の疲れを癒すために週末はしっかり休む。平日はオン、週末はオフ、きちんと分けようという考え方。オンとオフをしっかり分けて生活する。

 

起業家はオンとオフの境目がない。例えばある週のこと。水曜は企業研修の講師。サラリーマンを辞めてから苦手になったネクタイ・スーツでかちっとしたイデタチ。その夜はアカデミー例会に参加、ラフな姿でメンバーの熱いディスカッションに加わった。

 

翌日は都内で打合せ。日本焚き火コミュニケーションラボのイベント下見で北軽井沢へ向かうのでパッキングとそれなりの服装。夜には現地到着、薪ストーブを満喫。翌朝は、空気のおいしい森の静寂。川のせせらぎ。落ち葉焚き。午後から東京に戻る。シャワーを浴びて着替え。夜はオフィスでアカデミーのグループセッション。

 

焚き火イベントの下見は仕事でありリフレッシュでもある。定期的に自然と触れることでエネルギーをもらうのが日課。午前はネクタイ、午後はラフスタイル。研修会場から山の中まで。サラリーマン時代にはありえないことが日常になる。

 

起業1年目の体験談

先日、起業して1年目の知人と打合せをしていたときのこと。何となく話の方向がサラリーマン時代と起業家になってからの違いへとながれていった。興味深い内容があったので紹介しよう。

 

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独立起業してからはストレスがなくなりました。サラリーマン時代は人間関係とかどうでもいいことにパワーを使っていたと思います。自分が評価されると足の引っ張り合いをするとか今思えば情けないことが多々ありました。もう一つ、自分の力が100%発揮できていると思います。人に感謝される→役に立っている実感がある→行動量が増える→エネルギーが湧いてくる・・・こんな好循環があります。稼いでいない時間の使い方も大切ですね。
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こんな話をしてくれた。知人は独立して1年が経過したところ。サラリーマン時代は誰もが知る大手企業に勤めていた。まさにがむしゃらに動いてきた。これまでの自分の行動を振り返っての言葉だ。

 

「ストレスがない」。ストレスに人にはつきもの。完全にないとは言えない。「変なストレスがない」というのが適切は表現かもしれない。自分がやりたいように責任をもってやれるとこう感じるようになる。

 

「自分の力が100%出し切れる」。サラリーマン時代は組織の歯車の一つ。全体としてこんなことがしたい、自分ならこうすると思ってもできない。こんなこともストレスの一種になる。

 

「稼いでいない時間の使い方」。サラリーマン時代は自分が稼いでいるという感覚がない。起業家は稼いでいないときの時間の使い方が大切。稼いでいない時間とは、お客さんの接していないときのことを指す。

 

そのときに、種まきのこと、次のステージのこと、そして自分の未来図のことなどなどをじっくり考える。ある意味「自分のメンテナンスする時間」だ。日々稼ぐことに追われるのが実情。でも起業家はこの「自分をメンテナンスする時間」をしっかり持たないといけない。

 

独立起業1年経過した人の話、とてもリアルで役立つ内容だった。もしこんな感覚味わえると思ったらどんな気持ちになるだろうか?ずっとモヤモヤし続けていてもトンネルは抜けられない。大切なのは小さな一歩を踏み出すことだ。

 

上司をみるか顧客をみるか

仕事をするときどこをみているのか?サラリーマンと起業家では違いがある。多くのサラリーマンは上司をみて仕事をする。起業家はお客さまをみて仕事をする。

 

サラリーマン時代は私利私欲ありき。昇進してステータスを上げること。権限を獲得して自分の決裁でできる範囲を増やすこと。給料を増やすこと。そのためにはいかに上司に気に入ってもらえるかが全て。上昇気流に乗っている上司につくことができたら出世街道まっしぐらだ。

 

起業家はお客さまありきだ。お客さまなくして自分の仕事は成り立たない。良くも悪くもお客さまの反応がダイレクトに戻ってくる。自分ありきで動いていたらその反動がすぐに自分に跳ね返ってくる。お客さま視点が大切なんて大義名分を言っている暇なんてない。日々否応なくお客さまをみることになるわけだ。

 

こんなことを言うと今サラリーマンとして一生懸命にやっている人からすれば、「自分はお客さまをみて仕事をしているよ!」と反論があるかもしれない。でも組織の中ではお客さま視点を貫くことは難しい問題だ。実体験をふまえそう感じている。

 

サラリーマン時代大きな組織の一員だった。当時、街の電器屋さんの活性化に携わっていた。大型量販店が台頭しはじめ、こうしたパパママショップはどんどん陰りをみせていた。でもこれからやって来る高齢化社会で地域とお客さまに密着した商売は必ず重要な位置づけになる。そう信じてやる気のあるお店の人たちと一緒になって未来図を描いていた。

 

元々根っからの現場主義。お店の店主、奥さん、二代目と日々接点を持ち続けていた。本部から直接お店に出入りする人なんてそんなにいなかった。そこで現場の苦しみを肌で感じていた。日々お客さまのことを思って現場を這いずりまわっている姿を目の当たりにした。

 

一方、メーカーや販売本部の川上でやっている人は末端にいる人の気持ちを受け止めることなく毎日を送っていた。表向き顧客第一主義なんて言いながら、現実はみんな自分の出世や利益のためにどうすればうまくいくかを考えて仕事をしていた。「何で現場をみて仕事をしないんだ!お客さまに一番近い人の話を聴かずして会社が良くなるはずがない!」日に日にその想いは募っていった。最後は憤りにまで至った。

 

そんなある日、当時のCEOと直接対話できる場に恵まれた。ここで言うしかない!現場の苦悩をその場にぶつけた。幹部の誰それが良くないというところまで言及したのが原因で、この事件を機にサラリーマンとして奈落の底に落ちる運命をたどることになった。

 

僕の例は少し極端かもしれない。でもサラリーマンには限界がある。自分が心底お客さまのことを思って仕事がしたいのなら、現場主義を貫いて自分が思うことを自分の手で実現したいのなら起業家になることだ。

 

「組織の圧力があるからできない」「環境が悪いからうまくいかない」「上司が理解しないからだめなんだ」そんなことをいくら言っていても何も現状は変わらない。本当に自分でやりたいのなら自分でやるべきだ。躊躇する人生なんて意味がない。もし今そんな思いにいるのなら小さな一歩を踏み出してみよう。人生として見える世界が変わってくる。

 

どこを向いて仕事をするのか?

例えばある一つの企画があったとする。通常その企画を組み立てるのには複数の会社が関わる。会社には発注上の上下関係があったりする。仕事をもらっている会社は発注先の会社の顔色をいつも気にしている。

 

A社とB社で下見にいったとする。ちなみにA社がB社に発注を出している会社だとする。段取りが悪くて現場で予期せぬ事態で起こった。「A社さんの印象を悪くしてしまったようです」後日B社からこんな報告があったりする。

 

一見普通のやりとりに見える。でもここでいうA社は仕事を受けている会社だ。本当のお客さまはエンドユーザー。A社も受注元の一社に過ぎない。なのに周囲はA社の顔色ばかりうかがう。そしてA社に気に入ってもらうように企画を組み直す。それに合うように現場の人に無理難題を出す。結果、現場の人がくらだないことに振り回される・・・

 

変ではないか?本当のお客さんが誰なのか?その根っこの部分が抜け落ちている。「あなたはいったいどこへ向いて仕事をしているの?」そう言いたくなる。でもサラリーマンだとよくある仕事の構図だ。

 

起業家はここがシンプルになる。自分のお客さまは誰なのか?お客さまによろこんでもらうためにどうしたらいいのか?それだけを考えて仕事をする。仕事にはエンドユーザーがいる。エンドユーザーへ近いところには現場の人がいる。現場の人には一人ひとりの気持ちがある。現場でやってくれている人の気持ちや想いを逸脱した仕事はしない。こんなスタンスになる。

 

本来エンドユーザーに向いて仕事をするというのは、サラリーマンだろうが起業家だろうが変わらないもののはず。「お客さんに向いて仕事をする」一番大切なものを見失ってはいけない。【仕事はコンテンツでなく人とやるもの】貫いていきたい姿勢だ。

 

両方経験すると視野が広がる

サラリーマンの世界と起業家の世界。真逆のところがたくさんある。両方を経験するとそれはとても面白いことになる。真逆なので見える景色が広がる。見える景色を広くもつと人生に厚みが出る。

 

サラリーマンをやっているときは起業家の世界なんて想像もできない。本などで見るガンガン毎日を送っている別世界の人なんだろうなあ・・・僕もサラリーマンの頃そんなふうに思っていた。

 

でも別に特別な世界の人ではなかった。実際起業家になって感じた。自分のやりたいことを実現するため毎日を送っている人たちだった。とてもシンプルだった。自分のやりたいことを素直にやる。サラリーマン時代はそのあたりがなぜかややこしい毎日だった。

 

同じサラリーマンでも大企業とベンチャーとか真逆の世界を経験するといい。大企業、ベンチャー、中小零細と3つのフィールドを経験した。大企業はものすごい分業制。ベンチャーは人がいないから全部を自分がやり切る。この比較ができるのも両方経験できたからだ。

 

大企業だけしか知らないと世の中の仕事はそれがすべてと思いがち。自分の力で仕事が動いていると思ってしまう。そんなことはありえない。会社を経営していくためにはさまざまな視点と役割が必要になる。これも自分が実体験しないとわからない。理屈ではない。

 

サラリーマンをやるのならベンチャーと大企業の両方を経験しよう。そして自分で人生をつくっていきたいのならその後起業を考えよう。自分の実体験を通じて子供たちには伝えている。

 

サラリーマンで1社を勤め上げることはそれはそれで素晴らしいことだ。でももし仕事の中身に厚みをもたせたいのなら、ベンチャー+大企業という経験をおすすめする。そしてさらに起業という選択肢を選ぶことができたなら豊かさは倍増する。自分の実体験でしかその本質はわからない。シンプルな話だ。

 

自分に正直に生きるか否か

起業すると自分に正直に生きられるようになる。自分がやりたいことをやる。たのしいと思えることだけやる。窮屈なことはしない。基本自分が嫌なことはしない。一緒にいて気持ちいい人といる。付き合いたくない人とは付き合わない。ホンネで話せないところはどんどんなくしていく。そんな感じだ。

 

サラリーマンをやっているとそうはいかない。会社があって、組織があって、決まりがあって、上司がいて、部下がいて、立場があって、周囲の目があって・・・まさにしがらみだらけだ。「ホンネはこうなんだけど、しょうがないな・・・」そんな場面が多いことだろう。

 

サラリーマン時代は僕もそうだった。うれしいことはうれしい!悲しいことは悲しい!良いことは良い!悪いことは悪い!基本そんな単細胞。現場で肌で感じたことが全て。もし現状が間違っているのならすぐにでも正したい!そんな感じで動いていた。お客さまや現場のためになっていないことは許せなかった。

 

すぐさま進言した。小手先を使うのは苦手なのでストレートに伝えた。「そうはいっても現実があるからね・・・」「会社には順序があるから」「ちゃんと根回ししないと」そのたびに言われた。「今すぐやらんといかんのに、何でそんなまどろっこしいことをしないといけないの!」いつもそう感じていた。

 

大きな組織でのしがらみ、ベンチャー立ち上げと倒産、創業社長のワンマン経営を経て会社を卒業した。「ホンネで会話ができないところに正しい道は拓けない。新しいものも生まれない」23年のサラリーマン経験で培ったこの信念はずっと変わらない。以来どれだけホンネが言える職場をつくっていけるかを模索しつづけている。

 

誤解しないでほしいことが一つある。起業したらやりたい放題ということではない。自分勝手、自己中心では相手とのやりとりは成り立たない。相手のことを考えた上でどうしていくかを決めるのは大前提になる。無責任もNG。自分で事業をやる以上、家族そして会社そして社会にも責任をもった行動をする。当たり前のことになる。自由で自分らしく「責任をもって」自分サイズのしあわせをつかむ。責任の意味がここにある。

 

これから1年、2年、3年と本来の自分を抑えたまま毎日を過ごしていくのか?それとも自分の人生、自分に正直に生きていくのか?起業して自分に正直に生きてみる。人生の選択肢を決めるのはあなた自身だ。

 

まとめ

僕はサラリーマンを23年間やってきた。23年というととても長い期間だ。でもサラリーマンをやっているときはそんなには感じていなかった。気がつくとそんなに経っていたという感じだ。

 

もし何事もなく起業ということを考えることなくいたら、あのまま気がつくと定年だった・・・
そんなふうになっていたと思う。でもちょっと波乱万丈があってサラリーマン生活から卒業した。結果的にそれが僕の人生を100倍豊かにしてくれた。

 

夕方時の今。カフェで外を眺めながらこのコラムを書いている。通りにはサラリーマンとおぼしき人が忙しそうに歩いている。そんなにあわてて、眉間にしわを寄せて、どこへ行こうとしているのか?そんな毎日の先に何があるのか?あとで人生を振り返ったとき何が残っているのか?そのことに気づいている人ほとんどいないはず。僕も数年前サラリーマンの頃はそうだった。

 

起業してこうしてサラリーマンを客観的にみれるようになった。サラリーマンとして見える世界はとても小さいものだ。毎日満員電車で家と会社を行ったり来たり。上司がどうだ、部下がどうだといろいろ思い愚痴を言う。自分の意にそぐわない仕事をさせられる。人事異動に一喜一憂する。評価されないと自分を否定されたような気分になる。パワハラで追い込まれてうつになる。最悪の場合、自殺に追い込まれる・・・

 

たった一人で狭い世界で思い悩んではいけない。小さな世界の出来事で自分の人生を決めてはいけない。そこしか見えなくなってしまうのがサラリーマン世界だ。なぜここまで言うのか?それは僕自身がそこまで追い込まれた経験があるから。自殺を考えたときもあるから。今振り返るとほんと無意味なことを考えていたと思う。人間追い込まれるとそうはならないものだ。

 

サラリーマンで行き詰まりを感じているのなら、いったんいつもの世界を抜け出てみよう。外の世界の人と話してみよう。半歩前に踏み出してみるだけで十分だ。その小さな一歩で見える世界が大きく変わる。

 

サラリーマンである自分がどこにいるのか?それがとっても限られた場所であることに気づいてほしい。自分が主人公の人生を歩んでほしい。その先の手段として起業という選択肢が出てくるかもしれない。

 

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